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チラシの裏

スルーの方向で。(笑
職人ってなんだろう。


最近色々な人に会うので、色々なことをよく考える。
きのうあの御老人に、失礼を承知でためしに訊いてみた。
そういった製造工程には、ルールのようなものがあるのか、と。

「ないそうですよ、ドイツでもその家庭ごとやなんかで、ずいぶん違うみたいです」

予想通りの返答だが、やはり私はその言葉を待っていた。
色々な人を相手に何度も繰り返していること。
以前、研究者であるYさんも、Mさんも、同じようなことを仰った。

「そんなのねー、いくら破ったっていいんだよ、うまけりゃ。うまけりゃいいの!」
「ドイツでマイスター取るにしたって、求められるのは新しいものを作る姿勢さ!」

「結局、やってみたらわかりますよ、決まりなんて建前みたいなもんでしょ」
「私もけっこうやってますけどね、やってるとわかってくるんです、自分のコツみたいなのが」

社長も、チーズ職人の面々も、同じようなことを。

「ルールは、なにもない」
「とりあえずさぁ、おいしぃ~のつくりたいよね!」
「わたしは別に気にしないことにしてる」
「いいんだよ、そんなの。とにかく心をこめてつくるのさ!」

これらの発言を疑う気持ちは一切ない。
なのに私は、いったい何に対して保証を求めるのか。
いつまでこんな質問を繰り返すのか。

ルールを破る瞬間、人は所属を失う。
が、所属を省みず信念を貫く人は、ときに職人と呼ばれる。
いまのところ、そのように私は思っている。
もしかすると、勝手に思い込んでいたのかもしれない。
職人という言葉には、権威や伝統が含まれる、と。
職人であるということは、実は権威や伝統にこだわらないということなのかもしれない。
それが、信念を貫く、ということ、か。


「所属しないことが、そんなに恐いのかい? ああ僕?恐くないねぇ」
「しかし、年齢はあなたが言うほど致命的でもないと思いますよ」
「誰もやってない、見たことも聞いたこともない、それはどこが問題だと思う?」
「なぁに~、何か称号みたいなのが欲しいの?ははは、何でも名乗ったらいいじゃない」


経験と思索が、なによりもそれが。
見るのも、聞くのも、話すのもただそれだけのために。
その積み重ねが、足りない。
足りないからこそ自信がない。
それも、思い込みなんだろうか。
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