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Realize

何かおかしいと思ってたんですよ。
やはり私は、自分でも気付かないうちに避けてますね。


なるべく考えないようにしていたようです。


講師の仕事が終わったあとのことを。


私はおそらく、とても酷いことをしていました。
忘れようとしていたみたいなんですよ。
生徒は、もう私を必要としていない、ということを。


この仕事をはじめてから、私は毎回、授業の記録をつけています。
その日の学習内容や次回の授業プランだけでなく、生徒自身の変化や周囲のことなど、
私の視点から、生徒とその身の回りで気になったいろいろなことを書き留めています。
もちろん今年に入ってからも記録はつけています。
それなのに、今さら気付くなんて。

最近の記録はみんな、学習内容と進度のことばかりです。

わたしは、授業中の生徒の様子を忘れようとしていたんです。

覚えていながら、思い出していながら、書きませんでした。



私は書きませんでした。


ここのところずっと、生徒が思ったより速く問題を解き終わってしまうことを。

私は書きませんでした。
それがつまらなくて、予定よりたくさん問題を出したことを。

私は書きませんでした。
解らないところはないかと訊いても、今のところ大丈夫だと言われることを。


私は書きませんでした。


生徒の「がんばります」を。


たくさんの宿題を渡すとき、
生徒は以前、手に持った宿題のプリントから少し目をそらし、
虚空の一点を見つめて、それから私の眼を見て言ったんです。
ちょっとだけ我慢した顔で、 「がんばります」

今は、読んでいるんです。
生徒の眼は、渡されたばかりの宿題に書かれた問題文を追っています。
そこで、「できそうかい?」と訊く私の方を見ずに言うんです。
ちょっとだけ楽しそうに、 「がんばります」


私は書きませんでした。
生徒の成長を。
悔やまれてなりませんが、こんな自分を捨て置くのも癪です。


絶対なんとかします、意地でも。
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コメント

とうとうそのときが近づいていますね。

生徒にとって必要とされなくなる。

それは、センセイの宿命です。
というか、いつまで必要とされ続けなければならないような
センセイは職務怠慢です。
生徒たちは十分な技量を身につけ、われわれのもとを去って
いきます。
だれに教えられることもなく、ひとりでちゃんと教えられたこと
をこなします。
そんな生徒にとって必要なのは新しいセンセイです。
あるいは、そんなものさえもう必要としないのかもしれません。

でも、必要なくなったのはセンセイだけです。
Vestaという一個人を必要としないわけではない。
先輩として、友人として、生徒だった人の前に立つことは
やはり可能でしょう。
われわれはセンセイや生徒である前に人間なのですから。

ひとりの人間であること。

センセイと生徒でなくなるのはちょっと寂しいですが、
それは今生の別れではない。
だから、あまり深刻にならない方がいいと思いますよ。

生徒との別れのときが今年も近づいている、
You-Know-Whoでした。

おぅ、来てくれたのか~

私はただ、悔しくてならんのさ。
自分に気付かなかったことがね。

逃げたくないんだよ、こういうの。

だから私は、
このことで一体何を無駄にし損なったのか、考える。

ただし、いつかまた
大人になった生徒に会う日がやってくることも考慮して、だ。


サンクス。
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