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この物語はフィクションです20

4月23日


悲しい出来事。
私のいる会社は、近所の住民と仲が良い。
農家の人々が農作業の合間にコーヒーを飲みに来てくれたり、
こちらが忙しい時には差し入れを持ってきたりしてくれたことさえあった。
近所の人々は、いつも何かと世話をしてくれる大事な人々だ。

そんななか、農家の奥さんの一人が難病にかかったという噂を聞いた。
筋肉が徐々に衰えていくという恐ろしい病気。
有効な薬もまだ開発されていない。

その奥さんは、実は長いこと入院していたらしく、
近頃やっと我が家に帰ってくることができたのだそうだ。


奥さんは退院して数日しか経たないうちに、会社に来てくれた。
その姿は・・・
筋肉の萎縮により背は曲がって縮み、表情も歪んでしまっている。
私は彼女の変わり果てた様にショックを受け、そして自己嫌悪に陥った。
いたたまらない気持ちになったところで、そんなものは所詮自分の為でしかない。

ところで、難病の奥さんがうちの会社に何をしに来たのか、というと。


お礼だ。


我々が近所の人々に、心ばかりのおすそ分けをしたことの。
もちろん難病に罹った奥さんの家だけでなく、
すべてのご近所さんにいつもしていることだ。
それは逆に、うちの会社の人々がいつも近所の人々からしてもらっていることでもある。
単なる物々交換。
かといって、ギブアンドテイクが求められるわけでもない。
気が向いたときに、気が向いたものを、何の気なしに配るだけ。
田舎ではよく見かける、ありふれた近所付き合いだ。

それでも奥さんはたくさんお礼の品を買ってきてくれ、
覚束ない足取りで歩きながら、私にこう言った。

「いつも色々貰ってしまって悪いから・・・これ、貰ってくれないかい?」
「いやいや、うちはたいしたことをしたわけでもないし・・・気にすることないじゃないですか」
「いやぁ、でも・・・ごめんね、どうしても受け取って欲しいの」

懇願するような、痛みそのものであるかのような、奥さんの微笑。
私はそのとき、間違いなく絶望した。
自分の心の中に底の見えない奈落を感じた。
奥さんがしようとしていることは“お礼”であり、近所付き合いではない。
貰ったものに対しての、“お礼”のつもりで会社に来たのだ。
いままさに、厳格なギブアンドテイクが成立しようとしていた。

「ほら・・・ずっと持ってるの、辛いから・・・早く受け取って」

お礼の品を持つ奥さんの手が震えている。
そこに立っているのも楽ではなさそうだった。

「そうですか・・・では、いただきます・・・どうもすみません」

目は見えているが、見えていない。
自分の中が真っ暗闇に包まれたような気分だった。
せめて「ありがとうございます」と言うべきところだったのに、
私には謝ることしかできなかった。
謝って、奥さんの手からお礼の品を受け取った。

私は奥さんが帰ったあとの裏口の前で、しばらくの間立ちつくしていた。
心の中には何もない。
私はただ、その場に停止していた。


それからどのくらい時間が過ぎたのか。

気付くと、目の前の裏口から社長夫人が入ってきた。
街へ買い出しに行って帰ってきたところらしい。
私は先ほどの出来事を、夫人に話した。

「えっ!? じゃあ・・・あの人、ここにも来たの?」

話を聞いたところによると・・・
社長夫人は、買い出しに出かけた先で例の奥さんに会ったらしい。
夫人は会社の必需品を、奥さんはお礼の品を買ったところで、
偶然にもばったり会ったというわけだ。
そこで苦しいやり取りがあり、夫人はなんとかお礼の品を断った。

「そんな風にお礼を貰ってしまったら、もうおすそ分けも出来なくなっちゃうから、って言ったのに・・・」
「すいません、私は・・・どうしても断れませんでした・・・」
「それでこんなに・・・こんなにたくさん、お礼をくれたの?」
「はい、これ・・・全部・・・頂いたものです」

我々の目の先には、貰ったばかりの品々。
かなりの量のビールやお菓子が、スーパーのビニール袋に詰め込まれていた。

「これじゃあ、どうしようもないじゃない」

夫人は目にいっぱいの涙を溜めて、言った。

「どうしたらいいの・・・こんなの、たまらないわ・・・」

農家の奥さんにとって、もう働けないということがどういうことか、
夫人は痛いほどよくわかっていた。
体を動かして毎日の仕事をすることが、
農家の人にとっては人間の尊厳そのものなのだ。

それなのに、あの奥さんは、もう働くことができない・・・・

難病の奥さんは、いま自分の存在に負い目を感じているのだ。
せめて誰にも迷惑をかけたくないと。
人の情けは、彼女を苦しめることしかできないだろう。
たとえそれが何の気なしの近所付き合いであっても、
もう二度と、これまでのようには出来ない。

「ねえ、これからどうしたらいいと思う・・・・?」
「・・・・・・・・・・・」
「もう、何もしてあげられないの・・・?」

夫人は今にも泣き出しそうだった。

「それは・・・・・・わかりません・・・・・」


きっと何か、納得できる答えが見つかるはずだ。
私は自分の心に開いた奈落をじっと見つめた。
何もないはずはない。

深い闇。

そこから目を逸らせば、何かが失われてしまうような気がした。
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コメント

おれがばかなだけなんですか?
もらって悪いこと無いと思うのは。

これからもお付き合いするなら、うけとってもらえないことのほうがあいてにはつらいとおもうのですが。
ただ、多すぎるのならその旨話して今後考慮してもらえばいい。
おそらくおすそ分けする限りおれいにくるだろうから。

おすそ分けが出来ない以上(自分でものを作れないなら物を買って)おれいをするしかないじゃないですか。
何で認めて上げないんスか。
それ以外どう近所付きあいするんスか。
ただ人から貰ってばかりでそれで気にしないなんて出来ないでしょう。
しんどいのは相手さんの方なんだからまず向こうの気持ちを汲んであげてそれから自分にとっても都合のいい方向に・・・とかも思うんですが。

時間がないなら話せないけどお互いまた合って話すことがあるならそら辺頑張ればもっと気持いい関係続けられると思うけど。って死ぬほどきつそうな話だな。


あーぁ、俺は現場にいないからこうやって都合のいい中間点をみつけようとすることしかてないのかな。

君はどうしようとしてる?

よう、久しぶりだな

おい 「認めない」だなんてどこにも書いてないだろう?
もう一度考えてみろ、私が何に対して絶望したのか

ギブアンドテイクが成立したところで、
それで全てが丸く収まるわけじゃない

うちがどんな量の何をおすそ分けをしようと、
奥さんはおそらくまた同じ顔をしてお礼をしにくるだろう
あるいは、奥さんが法外に大量のお礼をしに来ようと、
逆に法外なほど少ないお礼を持って来ようと、
何も変わらないだろう
またあるいは、何のやり取りも無かったところで―

夫人と奥さんの気持ちが交わることは、出来ないんだ

少なくとも今のままでは難しい

・・・と、思わないかい?

それを考えたら、また話しに来てくれよ

一応打つ手はいくらか考えてある
何事かを試みる価値はあるだろうと思う

また間違えた。

よく間違えます、てへ。


とまあ冗談は置いといて、うーん 感情が先立つからかね君の文章を正確に理解できないのは。
そういうふうに言っているように感じる というのは所詮感覚だもんね。
要訓練だね。

今回は特に何もなくてごめんよ。

>感情が先立つ

相変わらず、辛いとき自分をコントロールできなくなるらしいね
まあ、しゃーねぇよ それで不都合があるなら慣れるしかないな

>特に何もなくてごめんよ。

無くていいけどさ
もし余裕があれば、少し考えてみて欲しいんだ
問題は、だ・・・

夫人が奥さんを傷つけずに何かを出来るか

ってことだ
何をしてもしなくても、奥さんは傷つくであろうことが十分に予想される
君から見れば、辛い立場にある難病の奥さんの
その気持ちを汲むことがまさに最優先だろうけれども
私にとって大事なのは、双方の気持ちが少しも通じ合えないという深い哀しみだ
夫人の気持ちが傲慢だろうとエゴだろうと、
彼女の辛い気持ちを無視することは、
難病の奥さんの気持ちを無視するのと同じくらい惨いことだと私は思うんだよ
そこんとこ、たまに考えてみてくれよ

こういう考え方は、私のエゴということで全然構わない
事実だしどう思ってもらってもいい
そのせいで、考える価値がなくなってしまうような事案じゃないだろう?

私はただ、あんな彼女達を見ているのが辛いだけなんだ
実に単純なことさ

さて、どうしようかな・・・

一応、俺が優先してるのはもとの関係になることなんですけどね。少なくともからだが健康であろうということから夫人のほうに負担を強いる意見が出るのは仕方ないかと。
無茶な意見かな。

やっぱ奥さんはどうしても他の人に負い目を感じると思うし、夫人は何にも出来ない自分に憤りを感じると思う。
なにもしないのも嫌だけど、心のないものの受け渡しだけがあるのも寂しいってことっすよね。(違うか?そこが違うともはやなんとも・・・)

でも、やってるうちにもとに戻るんじゃねぇの?などと言う甘ったれた発想でお送りしております、今回の話題。

おすそ分けだって、僕にはただのものの行き来にしか思えません。その段階でいい関係を築けてなかったからこうなってんだろうし。
ただの近所づきあいでそこまで求めんのも酷なんだと思いますが。

結局は普通にすることしか出来ないんじゃないかね。
僕はまだそのような知り合いいないし、知り合いが大変な目にあった後で見た目とかもえらく変わっちまってたりしたらそりゃいたたまれなくなるけれど、それでも友人関係を続けたいなら慣れるしかないかなぁとおもうわけで。
いくらひどい様子でも、仮に手足が無くなった人でもずっと関わっていりゃ慣れると思うし、付き合い方も分かってくるでしょう。
慣れるまでにはそりゃ傷ついたりつけたりするだろうけどさ、夫人にとって奥さんがそこまでする相手かどうかは知りませんが。
逆にそうするつもりでなければ「なにも出来ない自分」なんてのを感じてることがやっぱり驕りなんだろうねぇ。
たまに以上に痩せてる人とかホームレスとかを見てそんな感じになってる自分がいて いかんなぁと思ってたりはしますが。
所詮机上。
現実には叶わないからなぁ。

でもやっぱ、受け取ることから始めることだと思うなぁと。

まーたずれた事言ってますかな。

話が段々近づいてきたな
たぶんあと少しだ

急な話で悪いけど、私は来月関東へ出向くことにした
友達がピンチなんだ
どんな感じかっていうと、19の時の私に少し似ている

もし暇なら東京で会おう
2~3日はそのへんに滞在するつもりでいる
無理ならまた今度、長いコメントを返すよ

いま忙しいので取り急ぎ
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