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うぉ?

なんか、あんまり頭良くない発言かもですが。
テレビ見てたら、しわしわのおばーちゃんが出てきました。
ドキュメンタリーです。
このおばーちゃんは、歴史家?なのかな。

とにかく、なんかこの人賢いな、という印象を受けました。
テレビ見てこんなこと言うのもバカっぽいですけど。
しかし、アレですね。
年齢を重ねまくってなお成長を続けることが出来るのか、と。

歳を取る「だけ」ならばそれほど辛くない。
すくなくとも人並みに仕事をすれば、
なんとか生命を維持すること「だけは」出来る時代ですからね。
とりあえず日本とか、おばーちゃんがいるような先進国では。
もちろん、それが楽なことだと言うつもりはありません。
ただ、たとえば何か、生命を維持する以外にも目的があり、
その目的がより困難であれば、生きる行為もより厳しいものになるでしょう、
と言ってるだけです。
ありきたりですが、幸せになりたいとか、
好きな仕事がしたいといったような目的もそうでしょう。

とにかく。

私は常日頃思う。
年の功ってのは、単に「生まれてから時間が経った」ということではないはず。
亀の甲より価値のない年齢は重ねたくない。

「私は昔の人間だから」というのを言い訳にしたくない。
言い訳にして努力を怠ったくせに偉そうに振る舞いたくない。
それはただ、新しいことに立ち向かう気がない、ということでは?
かつて存在した『隠居』というのは、それを自覚した人間のことでは?
『隠居』になりたくないならば、なるつもりがないならば、
「私は昔の人間だから」と言わなくて済む努力をすべきでは?

時代は変わります。
時代は、その時代に生きている人のモンです。
奪ってはいけない。
失いたくないなら、掴もうとしなくては。

でもそれはたぶん、難しい、とても。

でもテレビのおばーちゃんを見て思いました。
たとえ困難であっても、やはり可能?
人間には。

やはりそれは可能なことではないかと。
時間を重ねてなお変わり続けるということが。
意思の伴った年齢の重ね方が。

少しだけ、希望が。
ほんの少し。
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